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とりあえず、ペンと紙さえあればいい

趣味の創作を中心に色々書いてます。

AI・ロボット時代本格到来の今だからこそ読みたい『新美南吉』2作品

最近、著作権切れの作品をネット上で読める青空文庫 Aozora Bunkoというサイトで、『新美南吉』を読み漁っています。

そうすると、技術革新により変わっていく時代を生き抜く男を書いた短編を見つけました。

それが、AIやロボットにより技術革新が進み、変わっていく現代の様子とそれに戸惑う現代に生きる私も含めた人々ととても似ていました。

今の時代だからこそ、共感出来る人もいるんじゃないかということで、ご紹介したいと思います。

 

 

 

「おじいさんのランプ」あらすじ

Kerosene lamp

遊んでいたら、倉の隅から古びたランプを見つけた東一君。

おじいさんは東一君に昔話を始めた。

 

日露戦争の時代に父母も兄弟もいない男の子巳之助が岩滑新田という村に暮らしていた。

巳之助は村の中で小間使いをしながら、貧しい生活をしていた。

ある夏の日、人力車の仕事をして、初めて村を出て町へと行った。

そこで、当時、まだ珍しかったガラス製のランプを見つけ、ランプ屋の主人と交渉した結果、ランプを売る許可をもらう。

ランプはよく売れ、小間使いの生活からも卒業することが出来た。

小金も貯まり、自分の家も出来、お嫁さんももらった。文字を読む勉強もした。

しかし、電気が普及し、ランプの需要が激減。

住んでいた村も電気を引くことが決まり、恨んだ巳之助は夜に区長の藁屋根の牛小屋に火をつけようとした。

しかし、マッチが普及する前に使われていた火打石を持参したのだが、うまく火がつかない。

「マッチを持ってくればよかった!」

自分の言葉に、我に返った巳之助は自宅に戻ると、ランプは古い道具になったことを受け入れ、ランプを破壊。

その後、本屋へと商売替えをする。

 

話を終えたおじいさんこと巳之助は、「今でも小さな村ではランプを使っているし、壊さなくても良かったかな」と言いつつ、「自分の商売が古くなったら、いつまでもしがみついたり、昔は良かったと懐古していないですっぱり捨てるんだ」

東一君は「おじいさんは偉かったんだね」と感心する。

 図書カード:おじいさんのランプ

 

 

 

「最後の胡弓弾き」あらすじ

Snow

旧正月に、胡弓という楽器と鼓を持って家々を回り、楽器を弾き、お金をもらう門付けという風習がある時代。

主人公で13歳の木之助は胡弓を持ち、いとこのお兄さんと一緒に住んでいる村から町へ行き、門付けを行う。

毎年毎年、行っていたが、年を経るごとにラジオなどの普及により門付けが廃れていく。

そのため、門付けをやめる人々が出ていく。

木之助は2年間、父の喪や自身の病のため、門付けに行くことが出来なかったが、お得意さんである味噌屋の主人のために行くことに。

しかし、味噌屋の主人も亡くなっていた。

木之助は時代の残酷な変化に失意を抱き、自暴自棄となり、胡弓を古物商に売った。

しかし、我に帰り、買い戻しに行くが、売ったお金の倍の値段で買うことを迫られる。

お金がなかったため、胡弓を置いて、足の先に冷たさを感じながら、家路へ着くのだった……。

 

おじいさんのランプに比べれば暗いお話です。

時代が変化していく様を、小物を使ってすごく丁寧に書いています。

ただ、木之助だけはその変化についていけなかったのです。

おじいさんのランプの巳之助君とは対照的な生き方となっています。

図書カード:最後の胡弓弾き

 

 

 

作者の新美南吉の生涯

Waiting to write...in color

作者の新美南吉は愛知県半田市の畳屋の息子として、1913年から1943年まで存命しました。

享年は29歳で非常に若くして亡くなりました。

実母も幼少の頃になくし、自身も幼少から体が弱かったようです。

母方の祖母の元に養子に出されたかと思えば、父の元へ戻ったりと家庭環境は複雑です。

その影響で、中学時代に童話に出会ったようです。

頭は良く、すぐに退職してしまいますが、小学校で代用教員にもなりました。

恋愛は確認されているもので3度。どれも失恋で幕を閉じています。

 

 

 

新美南吉が生きた時代

電気が初めて日本で使われたのは1882年のこと。新美南吉が生まれるかなり前の話ですが、日本全国に普及をしたわけではありません。

東京銀座に電気による街灯照明が出来、多くの見物人が押しかけたと言います。

新美南吉が生まれた1913年の前年である1912年には軍需による好景気により工場での電化が進みます。

1912年から1945年の間には東京市内には家庭での電灯が100%普及したようです。

しかし、おじいさんのランプで述べられているように、山深い場所や都市化が進んでいない地方などでは電気がない場所もあったのでしょう。

一方のラジオは1924年に社団法人東京放送局JOAK)が設立。

作者の故郷である愛知県と大阪には翌年に放送局が設立されました。

以上のことから分かるように、新美南吉が生きた時代は技術革新の時代とも言え、新しいものと古いものが混在し、かつ、電気やラジオといった新しいものにより生まれた職業もあれば消えた職業もあるといった時代と言えます。

この状況は現代ととても似ているように思います。

 

 

 

現代と新美南吉の時代との共通点

Robot

現在、AIやロボット技術という技術革新により何かしらの職業が消えつつあると同時に、生まれつつあります。

2011年にはデューク大学教授キャシー・デビッドソン氏がニューヨーク・タイムズのインタビューで、

 

「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に現在存在していない職業につくだろう」

 

と語っています。

 

『最後の胡弓弾き』では門付けという風習が消え、木之助はいつの間にか履き物が草履から長靴へと変わっていました。恐らく、長靴が普及した辺りで草履屋は消えていなくてもかなりの窮地に陥っていると思われます。

『おじいさんのランプ』ではランプ屋が電気の普及により廃れてしまいました。

一応、今現在の未来の職業予想では、新しく生まれるものがSNSカウンセラーや虫食料理人といったもので、アフィリエイトなどの一部の記事・イラストはAIが描くだろう、将来は在宅ワーカーが増えているだろうといったものです。

 

 

 

まとめ・新美南吉から学べること

新美南吉は変化していく時代を生きた1人です。変化により笑った人や泣いた人も見てきたことと思われます。

そのため、『おじいさんのランプ』では最後、巳之助は、

 

「自分の商売が古くなったら、いつまでもしがみついたり、昔は良かったと懐古していないですっぱり捨てるんだ」

 

と言いきっています。

 

一個人が変化にあらがっても無意味であり、変化をしていくことの大切さを語っているように思います。

これは新美南吉が見聞きするなりして経験して得た言葉ではないでしょうか?

AI・ロボットの普及は個人では止めることが出来ません。時代の大きな流れだからです。

しかしながら、うまく新しい時代に適応することは出来ます。

将来、現在の私たちが予想だにしなかった様々な職業が生まれていることと思います。

どのような職業が生まれ、就業形態がどうなっているにせよ、うまく適応出来れば、大きく困ることもないでしょう。

一方で、時代の流れだからと言って、自分にとって本当に大切なものを切り捨てることも避けたいです。

『最後の胡弓弾き』では自分にとって本当に大切な胡弓を売って後悔をしています。

要はバランスが大切ということでしょう。

私はAI・ロボットが普及することは、失業率が高まるなどの弊害もあるというネットニュースを読み、嫌な気持ちになっていました。

しかし、今回取り上げた新美南吉の2作品を読んでからは適応するための努力をすればいいと思いなおし、未来を楽しみにすることにしました。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

 

参考電気の歴史(日本の電気事業と社会) - 電気事業について | 電気事業連合会

  新美南吉 - Wikipedia

  日本ラジオ博物館 放送の歴史と真空管ラジオ, Japan Radio Museum, history of broadcasting, antique wireless and tube radio

  新美南吉記念館http://www.nankichi.gr.jp/